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Gaspard de la nuit [ピアノ曲]

先日、夜の犀川のほとりを歩く機会があった。
せせらぎの音に重なって聞こえる、自然のささやき、ざわめき、呼び声。
その兇暴なまでの声に、眩暈すら感じ、息苦しいまでの心地になった。

モーリス・ラヴェル作、「夜のガスパール」。
このブログのタイトルも、この組曲からとったものである。
ラヴェルは私がもっとも愛する作曲家で、その作品世界のあまりの巧緻さ、繊細さには、
本当に感嘆を超えて戦慄すらおぼえてしまう。
「夜のガスパール」は、アロイジウス・ベルトランの詩集「夜のガスパール――レンブラント、
カロー風の幻想曲」(これには芸術を求めた作者に悪魔が与えたものだとの幻想的な
散文が付されている)に着想を得た曲集で、「オンディーヌ」「絞首台」「スカルボ」の
3曲からなっている。

第1曲、「オンディーヌ」、水の精。ベルトランの詩の大意は、オンディーヌが雨とともに人間の
男を訪れ、求婚する。しかし人間の男が、自分は死すべき人間の女を愛するのだと
その求愛を断ると、オンディーヌは涙をこぼし、哄笑とともに消えてゆく、というもの。

私はこの詩そのものからは、さしたる感銘を受けたことはない。
しかしラヴェルはこの詩に、何という美しい曲をつけたことだろう!
水の粒を一滴ずつ織り上げたような、精緻な反物の上に、描き出される世にも不思議な旋律。
それは単に幻想的とか神秘的というにとどまらない。
私たちのルールではない、しかし同じくらいに、あるいはそれよりもなお厳然とした、
かれらの世界の論理を感じさせるのだ。
どうして人間にすぎなかったはずのラヴェルが、このような旋律を生み出すことができたのだろう?

最初の、オンディーヌの囁き、呼びかけ。その台詞は切なく熱情のこもったものであるはずだが、
ラヴェルはそれを不可思議な音の連なりで表現する。それは無機質とも取れるほどに異質で。
人間の男への誘惑。やわらかく絡みつくような、しかしそれはどこか冷たく、超然として、
熱情にはほど遠く、引きずり込むほど激しくもない、しかしいつのまにか搦めとられて
ひたひたと身をいつの間にか浸食されてゆくようなアルペジォ。
私なら、これほどまでに冷たく美しい誘惑になら、喜んで応じてみたいと思うのに。
そして諦め。涙をひとつぶ、ふたつぶこぼして顔を伏せ、人間には聞こえぬよう静かな静かな
哀しみの吐露、そしてあっというまに激しく去ってゆき、あとには静かな水面が残るのみ。
たまらない喪失感を余韻に、曲は消えてゆく。

そのすべてが、どこか浮遊感のある細かな音形にのって奏でられる。
オンディーヌの求愛と失恋、それはまったく生々しさのない、たとえばオンディーヌが
身投げをすればきらめく水滴になってはじけとぶのだろうか、と思わせるような、
現実感のないほどに美しく、しかし透明な哀しみをはらんだ、切ないというにはあまりにも
澄みわたった音楽なのだ。

http://www.youtube.com/watch?v=KVL6oS30wFc
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コメント 1

quackey

「夜のガスパール」って聴いた事ないかも…
というわけで、ご提示のYouTube映像を再生してみました
「水の粒を一滴ずつ織り上げたような、精緻な反物の上に、描き出される世にも不思議な旋律」
…はああなるほどー。。。納得です。
そうなんですよねラヴェルのイメージってスーパースローで見られるような、ころこころした水滴みたいな。。。

今度鑑賞会でまた聴かせてください…♪
by quackey (2010-06-05 04:22) 

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